長編小説『AGES』紹介ページ

 

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始まりのちょっと

 

 

    1 バトルスーツと大学生

 

 風邪薬の主成分にもなる「アセトアミノフェン」に関するレポートを今日中に終わらせなければいけない。

度重なるレポートの再提出でようやく教授を納得させた大学生、清水・秀一郎が帰途につく頃、外はだいぶ暗くなっていた。

 守衛に軽い会釈をしながら通用門をくぐり、駐輪場へ向かう。

 

 秀一郎は、年齢の平均より若干高い170センチの身長を持つ、ひょろっとした優男である。細い手足、色白の肌が示すとおり生まれつき病弱で体力がなく、気も弱かった。あどけなさの残る細面で頬も痩けた顔が性格を物語っているかのようである。お坊っちゃまカットが幾分かましになった程度の、分けられた前髪とそれに隠れるかのような目が、学生の気の弱さを殊更に強調していた。

 彼の取り柄といえば悪いことなど考える勇気もない真面目で優しい性格と、子供の頃から親を喜ばせた勉強の成績だろう。学校の朝礼で後ろから順に数えられた彼は、勉強の成績で良い方から順に数えられた。

 現在の秀一郎は、東京は上北沢のアパートに下宿しながら世田谷の薬科大学に通う19歳の学生で、将来、薬品を開発する仕事に就きたいと思っている。

「実家の家業は継ぎたくない」と両親に話した次の月には長野にある実家からの学費の仕送りを止められてしまった彼だが、それでもアルバイトをしながら大学に通う理由があった。実家の家業とは農業用肥料の卸し問屋のことだが、秀一郎が目指す仕事とは将来性という面で雲泥の差があった。

 秀一郎は今迄、親のいうことを何でも聞いてきた。それが親孝行だと思っていたし両親の厳しいしつけのおかげで差し障りのない好青年に育てて貰えたといっても過言ではない。ただし、それは差し障りがなさ過ぎた。気がつけば、同期の友人達はおのおの己が未来に向かって歩き始めていたのだ。文系の教育学部、整備工へ就職、東京に出て早くも結婚した者もいる。その中にあって秀一郎はただ一人とり残されたという孤独感を強く感じたのだ。

 彼本人、「裕福な生活をしたい」とは思わないまでも実家での貧しい家業で一生を無駄に終わらせるつもりはさらさら無い。薬科大学に入学できたことで、よりその決心を固めたのである。

 ただ、いくら将来に夢があろうとも19歳の学生一人暮しである彼が仕送りを止められたのは致命的だった。アルバイトをしていたものの今度は大学の単位を落としそうになったりで、最近ではいよいよ心細くなってきているのが現状である。

 秀一郎の通う世田谷薬科大学は、その辺にある「お遊び大学」と違ってやる気の無い奴などいない。入試は簡単でも勉強するための大学なのだから、講義はもとより、併せて独学で勉強と研究を重ねなくては入った意味さえもなくなるのだ。事実、この大学で秀一郎の様にアルバイトで学費や生活費を稼ぎながら通っている人間は少なかった。

 

 長くなってきた春の陽が落ちてから、数時間が経っている。

「やっぱり家業を継がなきゃならなくなるのかなぁ」ため息をつきながら秀一郎は駐輪場に停めてある自分の愛車のエンジンをかけた。

 高校時代の友達から破格で譲って貰ったバイク、ホンダ・VTZ250は軽快な排気音で始動するが、その音を聞いて同じく心の底から軽快になれるほど秀一郎の心境は軽やかなものではない。

 車道に出てしばらく走る。ふと、急な空腹感に襲われた。考えてみればもう夜の8時を過ぎているのに秀一郎は朝から何も食べていなかった。電車で通学した日に酒を飲んで帰れる場所も探しておきたい。かといって食堂はもう閉まってるだろうし、土曜日で会社帰りのサラリーマンが酔っぱらって騒ぐ飲み屋で食事をする気には、とうていなれない。

 あえて三限茶屋の繁華街を通り過ぎた秀一郎はそこで一軒の小さなスナックを見つけた。「スナック あんず」と看板が出ているその店は、客も少なく、もの静かな雰囲気を漂わせていた。

 簡単な食事のメニューもありそうなことから秀一郎はそこで夜食をとろうと決めた。店先に並んでいる数台のバイクの脇に、同じ様にVTZを停め、中へと入る。

 店は、建っている場所のせいかあまり流行っている訳でもなさそうだ。むしろ客を沢山集めるよりも落ち着いた雰囲気が好きな者が立ち寄る感じのスナックだった。幾つかのテーブルとカウンター、並べてあるグラスも趣味がいい。店主が好きなのだろうか、壁には何枚ものプロレスのポスターが貼ってある。カウンターの隅に、誰が遊ぶ訳でもない電子スロ・マシーンがデモプレイを繰り返し、「777」を繰り返し表示させていた。

 秀一郎はこの店がまあまあ気にいった。

 奥のテーブルでは表に停めてあったバイクの持ち主らしき3人が座っていて、珍しそうに秀一郎を見ていた。

 ここでしばらくゆっくりしながら将来のことでも考えるか……

 

 

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中程のちょっと

 

「あまりここには電話するなと言ったろう」

「はは、いや申し訳ありませんな、徳永先生。こちらでちょっと事情が変わりまして、それを申し上げたくお電話した次第でありまして。ところでお身体の方はもう大丈夫ですかな?」

「ふん、貴様らの落度のお陰でこのザマだ」

「あれについては私共も返す言葉がございません、まさか陽動作戦などという手のこんだことをやられるとは思いもしませんでしたのでね」

「事情が変わったとは何だ? 早く話せ、わしは仕事がたまってて忙しい上に疲れているんだ」

「実は、我々を襲撃した連中をこちらで捕まえましてね」

「何?」

 徳永は高級皮張りの椅子から飛び上がるように立ち上がった。「それは本当か!」

「貴方もこいつらには恨みがおありでしょうから‥‥ 奪われた金の件もありますし、どうです先生、今からちょっとお付き合い願えませんかな?」

「わしの顔をはっきり見られたら困る。そいつらが犯人だと言う確証はあるのか?」

 徳永は今回の件でかなり用心深くなっている。

「まず間違いは無いでしょうな。どちらにしても殺す連中ですから、何が知られようと冥土の土産ですよ‥‥ 」対する三友の口調は、いつもながら軽い。

 徳永は椅子に座りペン立てから愛用のペンを手に取った。「よし、場所を言え」

「それでは‥‥ 今度は人目につかない場所がよろしいでしょうな。そうですね、最初にお会いした所で、よろしいですかな?」

「今すぐだな? 行ってやるからそこで待っていろ。いいか、その連中を逃がすんじゃないぞ 今度ヘマをしてみろ、今度こそ貴様らとの付き合いは終わりだ!」

 徳永はそう言って叩くようにボタンを押し、受話スイッチを切った。やがて立ち上がり、背広をはおっていそいそと本部を出た。真っすぐ地下の駐車場へ向かう。

 党員や事務員に行き先は告げなかった。

 

 港区・海岸の一角に、もうだいぶ以前から使われなくなった古びた倉庫が残っている。

 この倉庫が造られた当時、すぐ目の前が船着場だった為、倉庫に毎日の様に大量の荷物が搬入、搬出されていた。やがてこの船着場も廃止され、今では隣接地区にある「日の出桟橋」が使われている。一日に2、3本の伊豆諸島行き定期運行フェリーは、その桟橋から出航していた。この倉庫からでも場所が近い為、比較的小型のはずのフェリーが、かなり大きく見える。

 倉庫は、廃止された直後、イベントホール等に使われたりはしたものの、この長い年月で鉄という鉄は錆び、壁もすっかり色あせてしまい、今では誰一人として足を向ける者はいない。船着場だった頃の名残か、最上階から海に向かって錆びた通路が10メートル程のびている。海側から倉庫を眺めると、その錆びた通路だけが海に向かってまるでサーカスのジャンプ台の様に出っぱっているのが、時の流れの寂しさを訴えかけているかのように見えた。すぐ近くには首都高速が走り、大手電気メーカー本社の高層ビルが建っているにもかかわらず、都心の海岸にはこういったスポットが残っているのである。

 開け放たれた大型の鉄製の扉から比較的新しい車のタイヤ痕が数本、倉庫内に向かって伸びていて、そのうちの4本がまた倉庫の出口にぐるっと向いた先に、主であろう外車、白のメルセデス・ベンツが止まっていた。三友会長が個人的に所有している車である。

 もう一台、今度は黒色の高級外車、ロールス・ロイスが同じ入口から倉庫に進入して来た。パルテノン・グリルと呼ばれるフロントグリルとその上に飾られたハイウェイスターのエンブレムが特徴であるロールスは、重く大きな車体でゆっくりと前に進み、ベンツと正面で向き合うように停まった。民政党の委員長・徳永の、これまた個人的に所有している車である。徳永が一人で運転していた。もっとも、本部にはお抱え運転手もいれば公用の同じ型でリムジンタイプのロールスだってある。また三友にとってもそれはお互いに同じであった。

 倉庫内は高い位置に窓が多くあり、まずまずの明るさを保っている。コンクリート製の地面がほこりっぽく、しかも異常に乾燥している為、今のロールスが静かに入って来ただけでほこりが舞い上がり、窓からの光がスポットライトの光軸のようになってしまっていた。

 しばらくして、ロールスの左側運転席から徳永が、ベンツの左側運転席からは三友

のボディガードである長髪の大男が車を降りた。車の中を含めて倉庫内で今ここにいる人間は、その二人だけであった。

「何だ、貴様だけか。三友は何をしている、捕まえた奴を連れて来るんじゃなかったのか?」徳永は言った。貴様じゃ話にならん、と言わんばかりの言い方である。

「連中には もうじき会えますよ」そういうと長髪の大男はスーツの内ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。

 徳永はこのすかした態度のボディガードを嫌っていた。

 長髪の大男もまた徳永に愛想を振りまく気はさらさらなかった。

「もうじき会えるだと? ワシは忙しいといったはずだ! 三友が来ないのなら帰るぞ!」徳永はそう怒鳴りながらロールスのドアをに手をかけた。

 長髪の大男は苦笑し、帰ろうとする徳永に声をかけた。

「会長は貴方にこう伝えろと‥‥ 」

 その声に徳永が振り返り、長髪の大男を見て愕然とした。煙草を内ポケットにしまった長髪の大男の右手にはオーストリア製の自動拳銃が握られていたのである。銃口は徳永に向けられている。

「用済みだ臆病者、とね」

「!貴様‥‥ 」

 それが徳永の最後に発した言葉だった。

 長髪の大男は拳銃のスライドが後退したまま止まるまで引き金を引き続けた。それが彼の本業でもあった。

 

 

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後半のちょっと

 

 

「ひゅぅ」若い大男は驚きの声を上げた。「驚いたな、なんてぇ蹴りの速さだ」

「何だ貴様は?このガキの仲間か」長髪の大男は距離を置いて身構えながら訊いた。先程、自分に弓を射た小柄な人間が、いつの間にか大木を降りて薮の中に立っているのを横目で見る。弓は競技用のアーチェリーに見えた。

 若い大男は数歩下がった。構えを解いて、倒れている少年を一瞥して言った。「そいつは俺の、教え子みたいなものでねどういう事情かは知らんが‥‥ 手を出さんでほしいんだが」

 長髪の大男はその言葉を聞きながらスーツについた土埃をはらい、スーツの襟を正した。再び、構える。

「無理、みたいだな」

 再び二人は地面を蹴った。

 二人の大男が衝突するのを、小柄な人間は弓を下げて見守っている。薮の中の暗闇に赤く光るその眼は、不気味だった。

 両腕が使えなくなっているにもかかわらず長髪の大男は若い大男を相手に一歩もさがることはなかった。

「癪だな」若い大男の声で二人は間合いから躰を外した。

 両方とも、息を切らしている。

「?」長髪の大男は呼吸を整えながら若い大男を見た。

「怪我人とは、やりあいたくない」

「うぬぼれるな若僧が‥‥ 」長髪の大男は先程のもみ合いで地面に落としたサングラスを拾い、内側からは暗くならない高級なレンズなのだろう、埃を吹いて掛け直した。

「そこのガキと違って少しはやるようだが‥‥ 本来の私が相手ならばこうは」

「だったら楽しかったんだが」若い大男の答えに、長髪の大男は敵ながら好感を覚えた。

「‥‥ けどアンタ、このままじゃ死んじまうぜ?」

 長髪の大男の出血はかなりの量となっている。

「…………」

 若い大男に言われなくともさっさとこの場から身を引くつもりでいる。若い頃は外国の軍隊の傭兵として鍛えられた強靭な肉体も、これだけの量の出血が続けば長くはもたない。だらりと下げられた両手の先を伝って地面にしたたり落ちる血は、石畳に赤黒く溜まっていた。

 長髪の大男は、今すぐこの場を去ることが容易である事はわかっていた。が、しかし、少年の口を封じる必要があった。

 偶然にも長髪の大男が立つ位置は、後ろ方向の薮の手前に倒れている少年からさほど遠くはない。‥‥ やるなら、機は得ていた。

 深夜の公園の沈黙を、再び地面を蹴る音が裂いた。とっさに身構えた若い大男は、長髪の大男の目的が自分以外の者に向けられたのに気がついた。既に、長髪の大男は少年の方向へ走っていた。まだ細身のナイフが突き刺さったままの長髪の大男の左腕には、今まで隠し持っていた事を賛嘆すべき程の刃渡りのあるコンバツト・ナイフが握られていた。少年の喉をかき斬る位なら、過ぎた代物だ。

「まずい!」若い大男が少年の元へ全力で走ったとしても長髪の大男が向かうほど近くはない。増して長髪の大男には先に動いた分のリーチがあった。

 彼の足は健在なのだ。

「間に合わん‥‥!」そう思いながらも少年を守りに駆け出そうとした若い大男は、少年の向こう側の薮から小柄な影が弓を捨てて飛び出すのを認め、足を止めた。‥‥安堵のため息をつく。

 少年の直前まで迫った長髪の大男は前方から何かが向かってくるのに気がついたが、構わず少年の首めがけてナイフを振る。少年の喉元はその軌道内にあった。

 鉛の塊を無理にぶつけたような、鈍い音が響いた。

 倒れて意識を失っている少年、悟の首の直前で長髪の大男のコンバット・ナイフは、薮から飛び出した小柄な人間が持つ大型ナイフと、その体格から想像できない程の怪力で食い止められていた。お互いが武器に加えている力を緩めずに立ち上がる。長髪の大男は細身のナイフが突き刺さったままの左腕から、袖の中に鮮血が吹き出すのを感じた。

 重ねられた武器は同時に力を抜かれ、離れる。

 小柄な人間は身の丈が160センチあるかどうかというところで、長髪の大男が見おろす形となる。公園の街灯に照らされる長い銀髪が頭の後ろで結ってあり、荒々しくも美しい顔立ちに殺し合いの歓喜からつくられた険が彫り込まれたかのように浮いていた。

 目が合って長髪の大男は再び戦慄した。並の人間なら恐怖に震え上がって動けなくなっているだろう、険しい両眼に、血の池を映したかのような赤い瞳が爛々と輝いていた。

 長髪の大男と目が合って、小柄な人間はニヤリと不敵に笑い、猛獣の牙のように伸びた犬歯を吊り上がった口元から覗かせた。

 長髪の大男は若干後退してから、改めてコンバット・ナイフを逆手に持ち、構え直す。久々に生まれた相手に対する恐怖心は、プロの経験がすぐに消し去った。コンバット・ナイフを左右にゆっくり泳がせ、相手の隙を伺う。

 相手は軽く構え、「来い」と、指でぴっと指し示した。長髪の大男はそれに乗らない。

 小柄な人間の強さに絶対の信頼を置いているのだろう、若い大男は立木に寄り掛かり取り出した煙草に火をつけた。

 小柄な人間が姿勢を変えようとした一瞬を狙って長髪の大男は切りかかった。相手は、実に素早い動きでそれをかわす。再び長髪の大男は構え直した。

 再び相手の隙をついた長髪の大男の一薙ぎは相手の大型ナイフに止められ、火花を散らす。互いが、後退した。

 相手の持つ特殊な形をした大型ナイフは、今のところは防御以外に使っていないが…刃先の鋭さから見て間違いなく悪趣味な殺傷用の武器であった。無表情でその武器を見据える長髪の大男に、小柄な相手が初めて口を開いた。

「切り刻んでやろうか?」

「‥‥ 女?」

 小柄な人間の声は若い女のものであった。顔もよく見れば、そう見えなくもない。

「やめといた方がいいんじゃないのか?」

 向こうで休んでいた若い大男は煙草の灰をポケット灰皿に落としながら長髪の大男に言った。

「そいつは‥‥ 俺よりも強い」

 

 

 

ここでお試し版は終わりです。 残りはシェアウェア(笑)。

 さぁ、この先、殺し屋の大男はどう出るか? 主人公の少年、悟は助かるのか?
そして奪われたヤミ政治献金をめぐる、事件の結末は?! 
(そんな話だったかなぁ…)
 続きの気になる人は、
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