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アリスは気がついた時には見知らぬ世界、『ワンダーランド』にいました。しゃべるウサギが面白くて── 後を追っていったら突然深く暗い穴に落ちてしまったのです。 アリスは長い夢を見ていただけかもしれません。これは彼女の不思議な世界で体験した、現実にはないお話です。でも、良く似たことが現実のどこかで起きようとしているのかもしれません…
アリスにとって、そこは今まで見たこともない、不思議な世界でした。
帰りたいのですが、彼女自身、どうやってここへ来てしまったのか憶えていません。
途方に暮れているアリスのそばをウサギが立ち止まり、着ているチョッキのポケットから時計を取り出すと「時間がない、時間がない」と言って跳ねていきます。
「待って!」アリスは慌ててウサギを呼び止めましたが、アリスが呼ぶのも構わずに、ウサギは急ぎ足で跳ねていってしまいました。
「お茶会に遅刻してしまう、大変だ、時間がない、時間がない……」 ウサギのなんと速いことでしょう、アリスは走って追いかけましたがどんどん離されて、ついにウサギは見えなくなってしまいました。
もう走るのはやめて歩こうかと思ったアリスに…
「まて!止まれ!」突然、起こったような声がかかりました。
アリスが驚いて立ち止まると、後ろから駆けてきた、長方形で平べったい形をしたまるでトランプのような姿がアリスの前に回り込んできました。「ずいぶん急いでいるようだな」どうもどこかの国の兵士らしい格好、いや、絵柄の『2』のトランプはアリスに叱るように言いました。
「だって、私はウサギさんを追いかけてたのですもの」
「追いかけているからって走ったりしたら危ないじゃないか…君の名前は?」『2』のトランプの兵士は袋から取り出した紙に何かを書き込みながらアリスに質問しました。アリスが名前を答えると、「この道はもうすぐハートの王様と女王様と兵士達が行列で通られる。そこを誰かが走って王様や女王様とぶつかったり、王様達がケガでもしたら大変なことになる。今は通ってはいけないし、走るなどもってのほかだ」と言いながらアリスの名前をその紙に書き加えます。
「それは知りませんでしたわ、ごめんなさい」悪いと思ったアリスはすぐにあやまりました。
「知らなかった?…このあたりの白かったバラの木の花が全部赤に変わっているのをきちんと確認しなかったのだな?」『2』のトランプは言って、「これに君自身で名前を書きなさい」と書き終わった紙をアリスに渡します。
紙には【女王様と王様の指定場所通行禁止違反・法2条の1・指定場所、疾走】【違反者名/アリス・イン・ワンダランドは首切り処分】という文章と、「私はその内容を認めます」という文章が書かれているので、もしアリスがその紙に自分の名前を書き込めばその通りにしなくてはならないものでした。
とんでもないことになってしまいました。いくらアリスが不思議な世界にいるのでも首を切られては生きていれません。それにトランプの兵士の言うこともアリスはおかしいと想いました。だって、
「指定場所とおっしゃっても、ハートの王様も女王様いませんわ」とアリスが言いました。
『2』はむっとして「王様や女王様が通って無くても、通ってはいけない決まりなのだ。」と言います。
アリスは納得がいきません。王様や女王様が通る時の安全のための決まりなら、王様や女王様のいない今守っても意味のないことなのではないでしょうか? アリスはそのことを『2』に話しましたが、『2』は「理由があっても決まりを守らなかったのだから」と早くサインをするようにと紙切れをアリスに押しつけるだけです。
アリスは思い出しました。
「…私の少し前にチョッキを着たウサギさんが駆けていきましたわ、あのウサギさんはいいのですか?」
「…そんなものは見ていない、私は君が違反しているのを見て、君を捕まえた」『2』は答えました。
アリスがウサギを見失ってすぐにトランプの兵士に追いつかれたのです。トランプの『2』も、アリスト同じ所を駆け抜けていったウサギは絶対に見ているはずでした。
アリスは考えれば考えるほどに納得がいきません。決して危なくなかったのに、『2』は「決まりは決まりだ」と言い名前を書くように紙をアリスにつきつけるばかり、アリスの言い分には全く耳を傾けようともしません。
「私は名前を書くことは出来ません、…だって、トランプの兵士さんの言うような危ないことはなかったのですもの」アリスがきっぱりと言ったので、怒ったトランプの兵士は、仲間を呼びました。アリスは、駆けつけた大勢のトランプの兵士達に囲まれてしまいました。
「どうした?」
「何?」
「…なるほど、それはとんでもない奴だ!」
どのトランプの兵士も『2』の話を聞いて怒っており、とても気まずい雰囲気です。トランプ達の輪の中でアリスは、自分がとても悪いことをしているような気分になってしまいました。
「決まりを守らなかった上に言い逃れか?」
「罪を認めないと、今に大変な事になるぞ!」
『2』をはじめとするトランプの兵士達は口々にアリスを責めたて、罵り、脅し始めたのでアリスは泣きそうになりました。
恐そうなトランプの兵士達に囲まれながらも、アリスは「納得できない、危なくなかった」と訴え続けていましたら──
「まぁ、待ちなさい…」と、今まで後ろにいた『5』のトランプの兵士が、輪の中に入ってきました。
まわりのトランプ達よりもやさしい感じの、『5』は言いました。「確かに君は悪くなかったかもしれない。いや、君の言うことももっともだ。……よし、ここは君の気持ちを大事にしよう。疑って悪かったねお嬢さん」アリスは笑顔で頷きました。
やさしいトランプの『5』がかばってくれたおかげで、アリスの疑いは晴れそうです。
『5』は言いました「我々が君を呼び止めたという事だけは女王様に報告する決まりだから、そのサインだけは書いて貰うけどいいかね?」
そういうことでしたら… アリスは『5』が別に出した新しい紙にサインをしました。
そしてアリスは彼らと別れたのでした。
トランプの兵士達がいなくなると、いつからそこに居たのでしょう、木の枝に座っていたチェシャ猫がアリスに声を掛けました。「災難だったね、お嬢さん」
アリスは言葉を喋るチェシャ猫に驚きましたが、それよりも猫がニヤリと笑ってたことにもっと驚きました。
「私はアリス。…ここの世界では不思議なことばかり。それに皆、変な生き物ばかり…」言いかけて、アリスは口を噤みました。その意味の中に、チェシャ猫も含まれていたからです。慌てて「──でも、やさしいトランプの兵士さんは解ってくれたわ」と言いました。
ニヤつきながらながらチェシャ猫は言います。「お嬢さん、だまされたのさ」
「だまされた?」アリスはびっくりして聞き返しました。
「君はサインをした。だからもうすぐハートの王様と女王様の裁判にかけられて、首を切られてしまう」
「違うわ、あれはただ私とトランプさんが会ったことだけの──」
チェシャ猫はアリスの言葉をさえぎって、「連中は君がサインをした紙に、『私・アリスは違反を認めます』と書き込むのさ」
「!……」
驚きのあまり両手を口に当てたアリスに、チェシャ猫はニヤつきながなら、「よくやる手さ…彼らも決められた仕事量をこなさなければいけない、ノルマともいうね。決まりを守らない者がいればいつでも誰でも捕まえる。バラの木の花は彼らがたった今、赤く塗りかえたのさ。ペンキでね。早速、そこを通ったウサギを追いかけようとしたが…結局君を捕えた」と言いました。
チェシャ猫は木の枝の上から、その一通りを見ていたのでした。
「まぁ、それでいて「ウサギは見ていない」なんて… それに決まりの方がおかしいんだわ!…危険でもなんでもないのに、ただ決まっているだけ」
「誰も文句は言わないよ」チェシャ猫は言いました。「皆が罰を受けているのに自分だけ言い逃れをしていては変だと思われるからね」
「おかしいことならおかしいと言うべきだわ」
アリスはチェシャ猫に裁判で見た通りのことを言って欲しいと頼みました。
証言というわけだね。それなら構わないよ。裁判はお城で行われる。先にお城で待っているよ…」
アリスがお礼を言う間もなく、チェシャ猫は不気味な笑いを残してすうっと消えてしまいました。
アリスがお城につくと、裁判が始まるまでに待つ部屋に通されました。そこには多くの者達が裁判を待っていました。
「帽子屋は私。帽子を売ってはいけないところで女王様のお気に触ったんだ。帽子を売ったのが。欲しがったから、子供が」哀れな口べたの帽子屋が言いました。
「女王様がお決めになったパイの作り方を守らなかったから裁判にかけられているのです。コショウではなくて糖蜜を使ったから。でも──糖蜜を使った方が美味しいはずです」料理女が言いました。
いちばん可哀想なのはハートのジャックでした。食べてもいない女王様のパイのつまみ食いで捕まえられ、身に覚えのないあるはずのない証拠を突きつけられ、裁判にかけられるのですから。
「私の袖の黒いシミはパイのものだと言うのだ…私は本当に食べていない!」
裁判の始まる前に、1人ずつ係官の白ウサギの部屋に通され、何か話が終わると彼らはまた別室へとまわされていきました。そして最期に入ったアリスに、白ウサギが尋ねました。「裁判には略式と正式があるがあなたはどちらを受けるかね?」
アリスが、どちらがどう違うのかを白ウサギに尋ねますと…
「正式は法廷に立たされて裁判官に色々訊かれ、証拠を調べたり…色々と手間のかかるものだ。その点、略式は書類だけの審査で裁判官と会わなくてもいい。簡単ですぐに終わるよ。ここにいた皆も略式を選んだよ」と白ウサギは言いました。
アリスはもうこんな訳の分からない世界はたくさん、裁判だって終わるなら早く終わって欲しいと思いました。しかし、自分にかけられた疑いをきちんとした形で解くべきだことは大事でした。
(書類だけではきっと私の意志は通じないわ…) アリスは正式裁判を選びました。
「どうせ同じ裁判だ、早く終わったほうがいいんじゃないかい?」と白ウサギはアリスに略式を勧めましたが、アリスの意志は変わりませんでした。
彼らは自分達の言い分も聞き入れて貰えず一方的に処分を決定されてしまいました。実は略式裁判で罪が許された前例はありません。略式裁判とは書類に有罪の判を押すだけ、言わば『言い分を略する』裁判でもあるのです。かわいそうに帽子屋達は全員首を切られてしまったのでした。
やがて、アリスの名前が呼ばれました。
法廷に入ってみると、ハートの王様としかめっ面の女王様が玉座についていて、そのまわりに小鳥や獣、それにトランプの札が数字ひと揃いと──大勢の者が集まっていました。チェシャ猫もいます。「あれが裁判長だわ…」裁判長のかつらの上にかんむりをかぶっている王様を見て、アリスは独り言を言いました。
「伝令官、罪状を読み上げよ!」王様が大きな声で言いました。
白うさぎがラッパを三度吹き鳴らし巻物を広げてこう言いました。「被告人・アリスは、王様と女王様が通行禁止と指定した場所を走り抜け、そこを通られる王様や女王様に大変な危険と迷惑をあたえたものである。罪名及び罰条、ハートの王様と女王様の指定場所通行禁止違反・法2条第1項」
「…この事件について、被告人は訪ねられたことに答えたくなければ答えなくて良い。ただし答えたことについては被告人に有利でも不利でも証拠として起用されることがある。…まず訊くが、被告人はその場所を走って通った事についてを認めるか?」王様が尋ねました。
ここでアリスは思い切って話し始めました。「たしかに私はそこを走りました。でも、その時は王様も女王様もいらっしゃらなかったし、危険はありませんでした」
「そこを走ったのは事実だな?」 王様がアリスの主張を無視した聞き方をするので、むっとしましたが、アリスは「走ったことは認めますが捕まった理由に納得できません」と答えました。
「被告人は走ったことと捕まった理由を納得した」王様が陪審員に向かって言うと、白うさぎが、「念のため申しますが、王様は、『被告人は走ったことを認めるが捕まった理由は納得できない』と申されたのですね?」と、うやうやしい口調ながら顔をしかめてみせて王様に聞きました。「……そうじゃ、もちろん『捕まった理由は納得できない』と言ったのじゃぞ」王様は慌てて言い直しました。
それを聞きながらアリスは、あまりわかってないみたい。それに…走ったことは認めるけど、それがいけない「決まり」がおかしいと言ってやれば良かったのだわ、と心の中で思うのでした。
「首を切っておしまい!」と怒鳴る女王様に王様は「判決はまだ後じゃ」と言いました。
「──第1の証人を!」
2人のトランプの兵士が法廷内に入ってきました。アリスはすぐにそれが自分を捕まえた『2』と、一見優しかった『5』であることがわかりました。
白ウサギが証人として呼ばれたトランプ達に紙を渡し、トランプの『2』と『5』はそれを声を出して読み上げました。
『良心に誓って真実を述べ何事も隠さず偽りを述べないことを誓います』
「証言を述べよ」
最初にアリスを捕まえた恐いトランプの兵士、『2』が話し始めました。「私達は王様と女王様の通られる場所の見張りをしていましたところ、本件被告人が走り抜けてきましたのでそれをいち早く捕らえ、違反の通告をいたしましたるところ、本件被告人が通告書のサインを拒否しましたので…」優しかったトランプの『5』が後を続けました。「──どうにか説得し、罪状を認めさせたものであります」
「うそおっしゃい!──」トランプの兵士達の答えた証言がまったく違っていたのでアリスは思わず叫んでしまいました」
「被告人は静粛に」「首を切ってしまうよ!」ハートの王様と女王様が怒鳴りました。
「では証人に訊く。そのときのバラは何色であったか」
「赤でした」トランプ達が口を揃えて答えました。
「被告人、事実に相違ないか?」
──とんでもない!「トランプさん達の話は何から何まで間違っています」アリスは言いました。「私はどこでも、危ないと思ったところは通らないようにしています。人に迷惑をかけてはいけないから。この世界のことを良く知らない私でも、そこを通ろうと思ったのは危険がなかったからですわ。──ええもちろん、誰にも迷惑はかかりませんでした。でもトランプさんは決まりは決まりだからと言って…それにバラが赤かったのはトランプさん達がペンキで塗ったからです。チェシャ猫さんの話では、ノルマを達成するためにそうして次々と捕まえていると…」
「意義あり!」女王様がギロリと『5』と『2』を睨んだので、トランプ達は慌てて口を挟みました。「王様、被告人の発言は憶測からなるもので、本件とは何ら関係ありません!」
「異議を認める。被告人・アリスは確証のない推測を慎み、この事件の事についてのみ述べなさい」
今の様子でアリスは、(きっと女王様が決まりを決めて兵士達にやらせているんだわ)とわかりました。でもアリスには、それよりも問題にしておくべきことがありました。
「はい。ですが王様、私がそこを通る前に、チョッキを着たウサギさんが通っているはずです。そのウサギさんは何のお咎めもなしでした」
王様がトランプに尋ねました。「証人、それは事実であるか?」
「全く覚えがありません」「私たちは一生懸命見張ってましたが、そのような者は通りませんでした」
(なによ嘘つき! ウサギを追いかけていたじゃないの──)アリスはさっき注意されたばかりでしたが、しゃあしゃあとしたトランプ達の嘘には思わず言ってやりたくなりました。
「そうだわ、チェシャ猫さんに証言してもらえば…」ここでアリスは弁護側の証人を呼んで貰えるように王様に頼みました。そして、チェシャ猫が、──あいかわらずニヤニヤしていますが証言台に立ちました。
『良心に誓って真実を述べ… 』 トランブ達は見事なまでにこの誓いを破ってくれましたがとにかく、チェシャ猫も同じように宣誓します。「…私の見ましたところ、トランプの兵士達が言う危険は全くなく、被告人は安全なところを普通に走り抜けたまででした」
「弁護側証人に訊く。その時のバラは何色か」王様の問いに、チェシャ猫が「赤でした」答えたのでアリスは一瞬不安になりました。が、「…兵士達がペンキで塗り変えたので」とすぐつけ加えたのでほっとしました。そしてトランプの兵士達の方を見ると何やらもじもじしているのでおかしくなりました。さらにチェシヤ猫が、はじめ『2』がチョッキを着たウサギをトランプ達が追いかけていたことを証言すると、いよいよトランプ達は「そんなものは見てません……と思います」と否定しながらも落ちつきがなくなるばかりでした。
チェシャ猫の証言が終わって、アリスは言いました。「もう1人のトランプさんは「我々と会ったということだけのサインだから」と言って私にサインさせましたが、それは罪を認めるというサインに変わってるいるということは、後からトランプさんが書き直したのではないですか?」
法廷内がざわめきました。
「静粛に…証人、それは事実か?1」
『2』はおどおどしながら隣の『5』を見ました。
「とんでもありません、被告人・アリスは最初から罪を認めたくない様子がありましたので、今頃になって否定しているのでしょう」『5』が言いました。
「どちらの言うことが本当か、王様はお調べにならなくてはいけません…」白ウサギが王様に耳打ちしました。
王様は目を細めてアリスとトランプ達を睨みました。そして、少し考えてから──「…弁護側証人!」
チェシャ猫がここぞとばかりに述べました。「私は『5』のトランプの兵士が被告人に『会ったことを女王様へ報告するだけだ』と言ってサインを書かせたのをこの耳で確かに聞きました」その言葉で、法廷の中の者は王様達を含め全員、『2』と『5』を見ました。
「偽証罪だわ!」アリスがぴしゃりと言いました。「宣誓したじゃないの!」
女王様もトランプ達を睨みつけましたが、『5』は「…記憶違いでした」と言って上手にかわしたのでした。
「証拠調べを終わるが…被告人、最期に言っておきたいことは」
ここでアリスはトランプに捕まってから裁判の終わる今までに思っていたことを全て述べました。
「私アリスはこの事件について三つの納得行かない点があります。一つは危険も何もない場所が通行禁止に指定されてしまうおかしな決まり、もう一つはそのおかしな決まりのために危険でもなかった者達が取締りを受けていること、最期の一つはそういった取締りについてトランプの兵士達は常に自分達のやることは正しいという思い込んでいるので間違いを指摘されても絶対に認めようとせずむしろ相手を脅すほどの高圧的な態度をとり、裁判でも自分の非を認めず偽証さえする、そのために無実の──例えばハートのジヤックさんとかが──いわれのない罪を押し着せられたり…それらのことを繰り返しているということです。私は来たばかりでこの国のことはまだ少ししかわかりませんが、どこにおいても間違いは間違いであり、正さなければいけないと思います──
言い終えたアリスに、法廷内の誰かが拍手しましたが…すぐに制止させられたようです。
アリスは言いたいことを言ったつもりですが、なぜこんなに堂々と言えたのか自分でも不思議でした。ただ、「間違っていることは正すべきだわ」というアリスの考えと、先ほどから身体が少しずつ大きくなり始め、それにつれて気も大きくなっているからなのかもしれません。今やアリスはこの法廷の中の誰よりも大きくなっているのです。そしてまだ、ぐんぐん大きくなっています。
「それでは判決を申し渡す!」王様が言いました。これだけ事がはっきりしていれば、トランプの兵士達が間違っていることは誰にだって解るはず──アリスは確信しました。
「それでは──被告人・アリスの違反について、判決を申し渡す。…被告人は首切りの刑! ──理由として、本件に関わる場所における決まりとは、禁止されることによって安全を図ろうとするものであるから、被告人の主張する具体的危険性は関係ない。被告人は故意でないにしてもその決まり事を守らず、私的見解によりその罪を認めず反省の意志が見られない。よって首切りの刑と処すものである」
アリスは、びっくりすると同時に言い様のない怒りをおぼえました。今までのアリスの主張はまったく無視され「危険はなくても決まりは守れ」とは…裁判も何もあったものじゃありません。しかも王様はトランプの兵士達の言うことを鵜呑みしたのでした。考えてみればハート王様や女王様が決まりを作り、トランプの兵士達が決まりを守らせ、その裁判は王様と女王様が行うのでは、たとえ誰が正しても正しくなくても判決はわかっていることだったのです。
「なんてばかなこと!」アリスは大声で言いました。
「おだまり!」女王様は真っ赤になって怒鳴りました。
「黙りません!」
「この子の首を、切っておしまい!」女王様はあらん限りの声でわめき立てましたが、誰も身動きしませんでした。
「何と言おうと、平気です」アリスは言いました。すでにこの時のアリスはもう法廷いっぱいにまで大きくなっていたのです。
「──たかがトランプの札じゃないの!」
それを聞いてトランプの札達が空中に舞い上がってアリスめがけて飛びかかってきました。
アリスは自分の叫び声で目が覚めました。気がついてみると、アリスは堤の上で、お姉さまの膝を枕に寝ていたのでした。
「とても不思議な夢を見たの」アリスが夢の中で体験した出来事をお姉さまに話しました。話しているうちに…(あれ………?)どうしたことでしょう、そんなつもりでもなかったのに、何故かまた眠くなってしまったアリスは、再び眼を閉じてしまいました。
しばらくしてアリスが目を覚ますと…、そこは何とも不思議な世界──大きな高い建物が並び、地面は固い灰色で、アリスは車輪のついた大きな乗り物に乗っていました。乗り物はアリスの意のままに走り、すでにこの不思議な国の人として目を覚ましたアリスは走らせ方も、走らせるための決まりも覚えているのです。
乗り物を走らせていたアリスが立体交差を上ったあたりで、後ろにいた車が乱暴な運転でアリスの車にぴたりと近付いてきました。びっくりしてアリスが左の車線によけると、なんとその車の屋根から赤い回転灯が回りだしたのです。
「……あらあら」アリスは二度びっくりしました。
「ダメじゃないか、進路変更しちゃ──あそこはね、進路変更禁止区間だよ?…免許証みせて」車を停めたアリスに、警察官が言いました。
アリスは、にっこり笑いました。そして── 「こにちは、おまわりさん。でも私は後ろから暴走車に追突されそうになったから避けただけですの──」 と、言うのでした……
【不思議だ国にアリス・終わり】
1997.4 文責/RED-WINGS Riding & Publishing Project 赤羽
童話の王道とも言うべき『不思議の国のアリス』(ルイス・キャロル原作)の本編でアリスが裁判にかけられる話は多くがご存知かと思う。もちろん、話に出てくる裁判は『きちがい裁判』であり、証言や王様のダジャレ等、支離滅裂な内容であるが── 現在の日本における裁判はどうだろうか。今回の創作にあたって参考とした『交通取締りに「NO」と言える本4・市民流裁判ゲーム/恒友出版(今井亮一著)』を読んでも分かる通り── およそ現実の危険とかけ離れた理由からなる法令、一般の無知に付け込んでそれを取り締まる側の横柄の極み、公正さを欠いてでもそれをかばう司法が認める証言とは支離滅裂、まさに『きちがい裁判』そのものではないか!?
童話アリスに現代日本の交通取締りをからませてみようじゃないの、といった軽いノリが、今回あまりに見事にハマり過ぎてしまったので驚くやら呆れるやら、である。
ともかく…この物語をただのファンタジー、童話ととらえるか、読んだ貴方が応用を効かせ現代のアリスと成り得るか…読む側の感性と努力と根性に期待したい。